東京地方裁判所 昭和43年(ワ)1939号 判決 1969年3月29日
原告 松永清之助
右訴訟代理人弁護士 品田四郎
被告 京須久吉
被告 有限会社東京カーセンター
右代表者代表取締役 京須久吉
右両名訴訟代理人弁護士 元林義治
主文
一、原告の請求をすべて棄却する。
二、訴訟費用は原告の負担とする。
事実
≪省略≫
理由
一、本件土地が原告所有のものであるところ、原告が昭和四一年一一月三日被告京須に対しこれを賃料一ヵ月金八五、七八五円で賃貸したことは当事者間に争いなく、≪証拠省略≫によれば右賃貸借の期間は一ヵ年とされていたことが認められる。
二、被告らは本件賃貸借は建物所有を目的とするものである旨主張する。≪証拠省略≫を綜合すると次の事実が認められる。すなわち被告京須は昭和四一年一〇月当時、中古車の展示販売及びこれに附随した自動車の修理業を行うため、約二〇〇坪程度の土地の賃借斡旋方を不動産仲介業者である訴外秋山銀三に依頼していたところ、たまたま日産商事の商号で不動産仲介業を営む訴外渡辺忠重の店舗の向い側に、本件土地が更地の状態で存在しており、秋山ないしその店員の訴外鍋島賢一は渡辺に対し被告京須のために本件土地賃借の仲介斡旋を申し入れた。渡辺は本件土地所有者である原告にその旨を通じ、原告の委任を受けて秋山ないし鍋島と賃貸借契約締結の交渉に当ったが、その際秋山ないし鍋島は被告京須の使用目的ならびに右目的を行うために必要な事務所、工場を建設したいとの同被告の希望を告げ、渡辺もこれを了承して、同年一一月三日契約締結の運びとなった。同日行われた契約書の調印は原告側から原告本人及び渡辺が、被告京須側から同被告本人、秋山及び鍋島が、渡辺の店舗に会してなされたものであるが、渡辺が作成して来た契約書(前掲甲第三号証)の文案には「使用目的は車輛展示場とし、建物を建ててはならない」旨の文言があったので、被告側から建物が建築できないと困るとの趣旨の発言があり、これに対する原告側においても特に異論を出すこともなく、右のような文言に拘らず建物建築の点は了解のうえ調印がなされた。契約後直ちに同被告は別紙目録(二)記載の構造面積の本件建物の建築にとりかかり、建物完成後行われた開店祝いの際には原告本人も出席して、建物の建築自体には特段の文句もいわなかった。
以上の事実が認められ、右事実によれば本件賃貸借は建物所有を目的としたものであると認められる。≪証拠判断省略≫
三、原告は本件賃貸借は一時使用のために設定したものであると主張するので考える。本件賃貸借の契約証書である前掲甲第三号証は「土地一時使用契約書」と題されており、さらにその条項の中にも「被告京須が車輛展示場として一時使用する目的で賃貸借をする。期間は一ヵ年とする。」旨の文言が明記されている。しかし契約書に一時使用の文言があることによって直ちにその賃貸借が一時使用のためになされたことが明らかであるとはいえないのであって、一時使用か否かは賃貸借を短期間で終了せしめる契約であることを首肯させるに足りる客観的事情の有無に基づいて決すべきものである。そうすると、
(1) 前記のとおり被告京須は本件土地において中古車の展示販売ならびにこれに附随して自動車の修理を営業する目的でこれを賃借したものであって、これが一年程度の短期間でその目的を達するものではないことは明白である。同被告が契約後直ちに本件建物の建築にとりかかったことは前記のとおりであるが、前掲乙第六号証によると同被告は右建物建築のためだけに金二二〇万円を費したことが窺われ、また同被告本人尋問の結果によると同被告は本件土地で右の営業を始めるにつき七〇〇ないし八〇〇万円の資本を投下しており、同被告において契約を短期間で終らせる意図は全くなかったことが認められる。
(2) 契約締結に至る経緯は前記のとおりであるが、≪証拠省略≫によると、その過程において渡辺から一年毎に更新すればよいとの発言があり、同被告はそれを前提として契約書に調印したものであることが認められる。なお右各証人らの証言によれば本件賃貸借には権利金の授受がなかったことは明らかであるが、同証人らの証言によると本件賃貸借の賃料一ヵ月金八五、七八五円(坪当り金五〇〇円)は通常の相場より相当高額であることが窺える。
(3) 他方原告としては契約締結に際し本件土地上に建物が建築されることを了解していたものと認めるべきことは前記のとおりであり、原告本人尋問の結果によると原告は日光街道附近に約二〇〇〇坪の土地を有していることが認められるのであって、右原告本人尋問の結果によっても、原告が契約締結当時本件土地の賃貸借を一年という短期間で終了させねばならない必要性を有していたとは到底認め難い。
以上(1)ないし(3)の事実が認められる本件においては、本件賃貸借が一時使用のために賃借権を設定したことが明らかな場合とはいまだ認め難い。
四、よって本件賃貸借には借地法の適用があり、当事者間でなされた期間の約定は無効であるから、期間が満了したとの原告の主張は理由がない。従って原告の同被告に対する土地明渡請求及び賃料相当の損害金の請求はいずれも失当である。
また被告会社が本件建物を使用して本件土地を占有していることは当事者間に争いないが、≪証拠省略≫によれば、被告京須は昭和四一年一二月五日被告会社を設立し、自らその代表取締役となっており、被告会社は被告京須から本件建物を借用していることが認められるから、被告会社は原告に対し被告京須の借地権を援用し得る。
五、以上のとおりであるから、原告の被告らに対する請求は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 原健三郎)
<以下省略>